その他令和8年3月23日
最高裁判所裁判官高須順一氏の反対意見(警備業法欠格条項の違憲性及び立法不作為)
出典:官報発行サイトの掲載情報を加工しています。AI 抽出や OCR に誤りが含まれる可能性があるため、 重要な確認は公式原文を基準にしてください。
本文と原文の対照
まず左側の本文を読み、必要な箇所だけ原文ページで確認できる構成です。
← 同日の官報に戻る
原文対照の表示オプション
最高裁判所裁判官高須順一氏の反対意見(警備業法欠格条項の違憲性及び立法不作為)
本文はAI抽出です。左の段落を選ぶと、右側の官報原文画像で該当箇所を照合できます。
法事実をより丁寧に検討することにより、違憲となった時期をより具体的に特定することが可能であり、本件規定は、より早い時期に憲法22条1項及び14条1項に反するに至っていたと考えている。平成21年から22年にかけて生じた以下の諸事実の存在が重要と考える次第である。
ア 推進本部及び推進会議の活動に基づく基本的方向の明示
まず指摘すべきは、障害者権利条約の内容を国内において浸透、定着させるために平成21年12月に内閣に、「障がい者制度改革推進本部」が発足し、さらに、同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、学識経験者等からなる、「障がい者制度改革推進会議」が平成22年1月から開催され、計14回の審議の結果、一定の基本的方向性が示された点である。平成22年6月に公表された、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」(以下「第一次意見」という。)がそれであり、この第一次意見には以下のような記述が存在する。
すなわち、まず、障害者権利条約策定の過程に言及し、「一般社会による保護的支配からの脱却と普通の市民としての権利を持つ人間であること」への思いが、すべての障害者に共通するものであること(第1の1)、「このような障害者のあたりまえの思いを一般社会が受け入れるまでには、長い歴史的時間を要した」こと(同箇所)が指摘され、我が国の障害者に一般市民以下の生活を強い、その権利が十分に守られていない状態がおよそ1世紀もの間、基本的に変わっていなかったことへの率直な反省が示されている。そして、「戦後、日本の障害者に関連する法制度は日本国憲法が保障する社会権を基盤としながら順次整備されてきたが、自由権を基盤とする権利を保障する法律は皆無に近い。その結果、社会権を基盤とするサービスは自由権的基盤を有しない無権利性と、自由権そのものを侵害しかねない一般社会からの排除ないし隔離的傾向をもたらしている。障害者権利条約の視点に立ち、自由権と社会権を二分する枠組みを越え、市民との実質的な平等等を基礎とした人権法に向けたパラダイムの転換が求められている。」との方向性が示されたのである(同箇所)。この自由権としての⼈権の尊重、市⺠との実質的な平等の確保という視点を有するパラダイムの転換の必要性が政府レベルで提唱されたことは極めて重要というべきである。
第一次意見では、さらに、障害者を、「『権利の主体』である社会の一員としてその責任を分担し、必要な支援を受けながら、自らの決定・選択に基づき、社会のあらゆる分野の活動に参加・参画する主体としてとらえる。」こと(第2の1)、「何人も障害を理由とする差別を受けない権利を有することを確認するとともに、差別を禁止し、権利の侵害から救済を受ける法制度を構築し、差別のない社会づくりを目指すものとする。」こと(第2の2)との基本的な考え方が示される。そして、個別分野における検討課題として、「障害者が自らの能力を最大限に発揮し、障害のない人と同様に安全かつ健康的な労働環境を確保するためには、障害を理由とする差別が禁止され、職場において必要な合理的配慮や支援がなされる必要がある。」との問題意識が示されている(第3の4)。これらの活動により政府レベルでの障害者基本法の改正作業が進められることになるが、そのことの意義は真に大きいものがある。取り分け、障害者基本法の抜本改正に当たり法律の性格を要保護者に対する対決法的な性格から人権の主体たる地位の確保のための法律へ変えるべきであるという議論が展開されたことは、本件規定との関係でも極めて重要な立法事実の変遷を物語る事実である。
イ 成年後見制度研究会の研究報告
次に、平成21年5月に、成年後見制度に造詣の深い学者、同制度に携わる関係団体、関係機関が一堂に会して成年後見制度研究会が組織された事実もまた重要である。同研究会においては、成年後見制度発足10年という節目における現状を的確に把握し、課題への対応策を協議する目的の下、約1年に及ぶ各種団体へのヒアリングや参加者間での意見交換がなされている。これらの活動に基づき、同研究会は平成22年7月に研究報告(以下「報告書」という。)を公表したが、この報告書には、「成年後見の類型は、主として財産の処分等に必要な判断能力に照らして決められているのであるから、成年後見等が開始したとしても、その余の能力が直ちに欠如しているとはいえない。」との記述がある(第2章第4の1(2)ア)。この点に、成年被後見人等に対する社会の一般的な認識の変化を見ることができる。さらに、報告書には、「平成11年に、ノーマライゼーションを基本理念とす
る成年後見制度が発足するに当たり、相当数の欠格条項は縮減された。しかし、現在においても、一定数の欠格条項が存する。」と記述され(第2章第4の1(1))、その問題性が指摘されている。そして、「各法令において成年被後見人等に関する資格制限を設ける場合又はそれを維持する場合には、その資格制限を設けるものに必要な能力の性質やノーマライゼーションの理念に照らしその必要性等を慎重に検討する必要がある。」との明確な方針も示されているのである(第2章第4の1(2)ア)。これは成年後見制度に関わる多くの関係者の間で、残存する欠格条項の問題性が広く認識されるようになったことを物語る事実である。
ウ 成年後見法世界会議と横浜宣言
さらには、平成22年10月に第1回成年後見法世界会議が横浜で開催され、「横浜宣言」が発出されている。この会議は日本成年後見法学会が中心となり、16か国から多くの参加者を迎え開催された成年後見に関する本格的な国際会議である。そして、3日間に及んだ討議の内容を総括する形で公表されたのが横浜宣言であり、これは成年後見法分野における世界初の「宣言」とされる。この横浜宣言においては、平成18年12月に国際連合総会で採択された障害者権利条約に対する賛意が表明され、日本政府に早期の批准を要望している。障害者権利条約には、あらゆる形態の雇用に係る全ての事項に関し、障害に基づく差別を禁止すること等の措置をとることにより、労働についての障害者の権利が実現されることの保障及び促進等が定められていることは多数意見でも指摘されているところである(多数意見第1の3(2)ア)。この条約に対する積極的な賛意が上記世界会議及び横浜宣言において示された事実の重要性を看過してはならないと考えている。さらに横浜宣言は、取り組むべき日本の課題の一つとして、「現行成年後見制度に多く残されている欠格事由は撤廃すべきである。」と記述している(Ⅱ1.(5))。上記宣言は同箇所においてより要急の課題として成年被後見人からの選挙権の剥奪の問題を指摘しているが、そのことゆえに職業上の欠格事由の撤廃の必要性が減じられるものではなく、欠格事由の撤廃が明確にうたわれていることは注目に値する。横浜宣言の発出は欠格事由の撤廃の必要性が研究者の間において、そして、国際的にも認知されていることを物語るものである。
エ 一連の事実を一体的に捉えることの必要性
これら三つの事実はいずれも平成21年から22年当時のものである。政府、成年後見実務に関わる関係者、研究者の認識や国際的な動向という様々な社会領域において、同時期に、障害者の人権の保護、そして、多くの法令に存在する成年被後見人等の資格制限に関する規定の見直しの必要性が指摘された事実は極めて重要な立法事実というべきである。これらをそれぞれ諸事情の一つとしてのみ捉えるのは本件規定の憲法適合性に関する立法事実の変遷を的確に把握することを困難にする。これらの一連の活動を一体的に俯瞰することにより、障害者に対する一般社会の意識の変化、すなわち、第一次意見が明示するところの、市民との実質的な平等等を基礎とした人権法に向けたパラダイムの転換の動きが我が国社会の多方面において生じるに至ったということができる。もとより立法事実はいずれかの権力機構なりが明確な形で社会に供与するものではなく、社会の諸所においてその状況の中から自然発生的に生じてくるものであるから、これを明確な形で説明することは難しい。しかし、このような社会状況の変化を注意深く検討するならば、平成21年から22年に生じたこれらの一連の出来事を一体的に捉え、立法事実の変遷をこの時点で認めることが可能というべきである。
以上より、私は、遅くとも平成22年には立法事実の変遷が認められ、この時期に本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反する違憲な規定となったと考えるものである。
3 違憲であることが明白となった時期
その上で、国賠法1条1項の違法の有無を検討するには上記2(1)に指摘したとおり、違憲であることが国会において明白になっていたことが必要であり、その時期を明らかにする必要がある。この点について私は、上記の障がい者制度改革推進本部及び障がい者制度改革推進会議の活動等に基づき障害者基本法の改正(平成23年法律第90号。以下「改正障害者基本法」という。)が実現した平成23年7月であると考えている。同法は、社会的障壁により社会生活に制限が加えられているものもまた障害であると規定し(同法2条)、障害を理由として差別し権利利益を侵害することを禁
止し(同法4条1項)、社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって上記1項の規定に違反することにならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮が義務付けられると規定している(同法4条2項)。本件規定は、成年被後見人等が何故に警備員となることができないのかについて必ずしも十分な検討がなされないままに、これを容認する往時の社会的風潮、すなわち、障害者もまた普通の市民として権利を有していることへの社会の理解の不十分あるいは関心の欠如という状況の下に、多年にわたり存続していたものと思料されるが、上記の立法事実の変遷に鑑みるならば、遅くとも平成22年には、憲法22条1項及び14条1項に反するものとなっていたというべきである。そして、障害者基本法は文字通り障害者に関する法規の基本たる法律であり、かつ、改正障害者基本法は上記2(3)で言及したように法律の性格を要保護者に対する対策法的な性格から人権の主体的な地位の確保のための法律へと抜本的に変えたものであるから、このような改正を国会が自ら行ったことは、違憲であることが国会において明白となった旨を根拠付けるというべきである。
以上より、私は、遅くとも改正障害者基本法が成立した平成23年7月には、本件規定が憲法に反する違憲なものであることが国会にとって明白となっていたと思料するものである。
4 長期間放置の要件について
実際に本件規定が一括整備法により削除されたのは令和元年6月のことであり、改正障害者基本法の公布・施行から約8年の期間を要したことになる。被上告人が警備員退職を余儀なくされた本件退職時点まででも5年半余の期間を経過している。この間多数の立法がされながら本件規定に関する何らの改正もなされなかった以上、国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠っていたと判断されてもやむを得ないというべきである。令和元年には一括整備法により本件規定が削除されたわけであるが、それによって本件立法不作為の違法性が遡って否定されると考えることもできない。
5 結論
以上より、私は、本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反するものであり、国会が本件退職時点までに本件規定を改廃する立法措置をとらなかったことは国賠法上違法であり、上告人は損害賠償義務を免れることができないと考えるものである。
裁判官沖野眞巳の反対意見は、次のとおりである。
私は、本件規定の憲法適合性については、その判断の基準、結論のいずれも多数意見と理解を共通にするが、本件立法不作為の国家賠償法1条1項の違法性については、違憲となった時期及び違法性を否定する結論の点において意見を異にする。すなわち、本件規定は平成14年改正により違憲となっており、遅くとも平成25年6月には本件規定の違憲性が国会にとって明白となり、本件退職時点において、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということができると考える。以下、本件規定の憲法適合性に関する事項を含め、考えるところを述べたい。
1 本件規定の憲法適合性について
(1) 本件規定は、憲法22条1項及び14条1項の両条が競合して問題となるものであるから、各条項の適合性の判断が、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通することを踏まえ、各別にその合憲性を判断するのではなく、統合して判断すべきであり、その基準としては、「本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」という点で、多数意見に賛同するものである。そして、本件規定の憲法適合性については憲法22条1項及び14条1項が重畳的に問題になること、その基準の下での判断において、立法府に広い裁量が認められるものではないことも多数意見と理解を共通にする。この点は、取り分け少数者の人権は政治過程に委ねるのでは必ずしも十分に保障されるものとはいい難いことからも基礎づけられると考えられる。
(2) その上で、本件規定は、被保佐人であることを理由として警備員としての職業への従事を一律に封じるものである。被保佐人は、家庭裁判所によって「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」(民法11条)であると
判断された者であるが、この判断は、不動産の取引等の主として財産上の重要な法律行為について、保佐人による同意という形で本人の判断につき確認の措置を設け、取消権という形で再考の機会を付与し、その意味で被保佐人となる者が単独で有効に法律行為をすることを制限して、その保護を図ることを正当とする、事理弁識能力の著しい不十分さを判断するものである。そして、事実行為としての一般警備活動や交通誘導等、警備業務の内容は多様であることからすると、被保佐人であることという事由は、警備業務に従事するために必要な判断能力という点からは過不足があり得るものであって、警備員としての職業に従事するための判断能力を測る基準としては、全く別の制度の判断の借用にすぎない。その過少性については、「精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分である者」のうち被保佐人として保佐制度を利用する者が一部にすぎないことから明らかである。保佐開始の審判は申立てに基づいてされるものであり、しかも、現実に、成年後見制度の利用の低調さが問題視され、そのうち圧倒的多数が成年後見の利用であって、保佐はそれ以上に利用が少ないことが繰り返し指摘されてきた。また、過剰性については、本人保護の観点から(主として財産上の)重要な法律行為に求められる判断能力は、事実行為としての警備業務に必要とされる判断能力とは一致せず、前者の点から被保佐人として単独で法律行為をすることに制約を受ける場合も、後者の点では判断能力に問題がない場合もあり得ることから明らかである。
(3) 以上のように別の制度の判断の借用であって、警備員として必要とされる本来の判断能力を測る点からは過不足のある事由が、本件規定により、警備員の職業従事を一律に制限する事由として採用された理由は、つまびらかにされていない。本件前身規定により準禁治産者であることを警備員の欠格事由とすることについては、国会の審議においてほとんど言及がなく、その当否や理由について検討された様子もうかがわれない。立案担当者解説においても、警備員の判断能力の確保という概括的な説明以外に説明はなく、また一般的に当時の問題事象から警備員の能力については判断能力よりも自制力の方が重視されており、本件前身規定の理由付けは曖昧である。推測すれば、次の事情を挙げることができる。
一般に、本件前身規定(そのうち判断能力に関わり本件規定へと引き継がれていくのは心神耗弱の準禁治産者類型であるから、以下、本件前身規定についてもその点に特化して述べる。)は、警備業者の法令違反や警備員の非行、業務遂行に適正を欠き事故の発生や被害の拡大を招く不適切事案の多発が社会問題化する中で、警備業自体の発展可能性と有用性を肯定しつつ、警備業務の実施の適正を図るべく、警備業務の質の確保、警備業に対する社会の信頼の確保が急務であったという「立法事実」を前にして、警備員の欠格事由を整備する観点から、医学鑑定を基礎とした家庭裁判所による判断能力についての判断に依拠することで、これに応えようとするものであった。
当時、行為能力制度の理解において、心神耗弱は、意思無能力や心神喪失に比して「精神障害の程度が(中略)不完全ながら判断力を有する者」、具体的には「大体、やや成長した未成年者と同程度の精神能力」と説明されるなど、家庭裁判所による心神耗弱該当の判断が、あたかも対象となる主体の一般的な判断能力を判断するかのように説明されており、その判断が一般性を持つように捉えられていたことが、本件前身規定を設けるという立法判断を支えていたと思われる。
また、警備員の判断能力については、別途、「精神病者」であることを欠格事由とする規定(以下「『精神病者』規定」という。)が設けられた。「精神病者」と準禁治産者(被保佐人)の実体的要件(「心神耗弱」。精神上の障害による事理弁識能力の著しい不十分さ)との関係は明確ではないものの、前者が認知症高齢者や知的障害者を含むものではないとすると、後者は「精神病」によるものとは限らないため、本件前身規定は、実体的な基準として、『精神病者』規定と重なり得るものの、そのカバーしない部分を補完するものであったといえる。また、両者が重なる部分に関しても、精神病者該当性の判断主体は警備業者であるところ、警備業者による該当性判断については、当時の社会問題化を受けて警備業者の適正化をいかに図るかが課題となっていたため、社会の信頼の確保の点からは十全とはいい難い状況であり、そのような状況を前に、家庭裁判所の判断という信頼の高い類型を、警備業者による判断とは別建てで用意し、警備業者が十分に判断できない場合を補完するという意味を持ち得た。本件前身規定を『精神病者』規定と併用することは、実体的基準としても、判断者の点でも、補完的な意義を有するものであった。
警備員となる者に必要な判断能力を担保するという点からみると、本件前身規定は、その過少性ゆえに実効性に疑問があるものであったが、それは「精神病者」規定によって補完され、また、本件前身規定は、その過剰性ゆえに正当性に疑問のあるものではあったが、上記の「立法事実」を前にして、過剰規制とはなっても、手堅い基準を打ち出すことが重視され、選択されたものであったと見られる。
(4) しかし、このように昭和57年改正による本件前身規定の合憲性を支え得た諸事情は、それぞれ、平成14年改正によって、あるいは、それ以前に失われることになった。
第1に、平成11年の成年後見制度の導入に際して、各種制度の資格要件等について、各種法令中の資格等の信頼性を維持することを目的としてその資格等にふさわしい能力を担保するために設けられるものであり、本来、各種の資格等が要求する能力の内容に応じて個別的・実質的に定められるべきものであるとして、各種の法令中の欠格条項が欠格事由として別の制度の判断を借用するものであること及びその問題点が明瞭にされ、そして、ノーマライゼーションの理念等の観点から、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする資格制限規定は原則として削除するものとされ、根拠法律中に十分な個別的な能力審査の手続が規定されていないものなどに限って欠格条項を存置することが方針とされ、この方針に即して立法上の手当てがされた。しかも、ほかならぬ国会が、参議院法務委員会における附帯決議として、存置された欠格条項について更なる見直しを行うことを要請していた。このような平成11年整備法による欠格条項の見直しに関する事情は、本件前身規定が設けられた当時の行為能力制度の理解のように家庭裁判所による心神耗弱者該当性の判断が対象者の一般的な判断能力についての判断を示すものではないこと、本件前身規定が借用にすぎないことが、国会を含め共通理解となっていたことを示している。
第2に、平成14年には、平成11年決定を受けた「精神病者」規定の見直しによって7号規定が設けられ、その事由が「心身の障害により警備業務を適正に行うことができない者」として国家公安委員会規則で定めるもの」に改められ、規則3条1項において「精神機能の障害により警備業務を適正に行うに当たって必要な認知、判断及び意思疎
通を適切に行うことができない者」とされることにより、警備員について、「精神機能の障害により警備業務を適正に行うに当たって必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができ」る判断能力が必要とされることが明定され、そしてその警備業者による個別的・実質的審査が明定された。この改正を支えたのは、障害者の社会参加の確保という意味でのノーマライゼーションの理念の実現という考え方であり、また、医学の発達(治療技術、医薬品、医療体制)により「精神病者」であっても警備業務に必要な判断能力を備えた者が相当に存在するという実態の認識、症状を問わず精神病者を一律に扱うことの問題点の認識であったことが、国会審議や立案担当者解説によって明らかになっている。
平成14年改正により、改正前に存在した保佐開始の要件における「精神上の障害」と警備員の欠格事由における「精神病」(者)との間の乖離は埋められることになり、被保佐人のうち警備業務に必要な判断能力を備えない者は、7号規定に完全に包含されることになった。これにより、本件規定は、改正前にはあった「精神病者」規定に対する実体的な基準の点での補完性を失うことになった。
また、警備員の適格性の判断をする者についても、昭和57年改正による本件前身規定の導入段階では、警備業者の適正化こそが改正の主眼の一つであり、警備業者の判断に信を置くことが十全とはいえない状況であったのに対し、平成14年改正の段階においては、昭和57年改正により、警備業者は認定制となり、その要件が整備され、行政庁の指導・監督が拡充されて、その適正化のための制度整備が図られ、その施行以来20年を経て、警備業者への信頼の点では格段の差が生じており、昭和57年改正の「立法事実」となった不適正事案の多発の社会問題化は、平成14年改正の段階では鎮静化し、昭和57年改正とその運用は相応に定着し奏功していたといってよい状態であった。平成14年改正における個別審査規定の導入に係る国会審議及び立案担当者解説のいずれにおいても、判断者となる警備業者の判断に対する懸念は全く表明されていない。警備業者の規模に関しても、業務執行の適正の確保一般についてであるが、実情
に照らして小規模事業者であるほど順守に懸念があるといったことはなく、また、規模に関わらず主管庁において的確な指導を行うとされている(第155回国会参議院内閣委員会会議録4号9頁)。また、仮に平成14年改正の際に、判断者となる警備業者の判断に対する懸念があったとしても、本件規定の過少性に鑑みると本件規定によって十分に補完がされるとは到底いえず、判断者である警備業者による適切な判断への懸念については、各種の監督措置をもって対応できるものであり、何よりノーマライゼーションの理念の具体的な実現の方が重視されるという判断があったものと考えられる。
さらに、本件規定の過少性は相変わらず存在しており、被保佐人であることを警備員の欠格事由とすることが実効的なものといえるかは疑問があった。また、医学の発達によって、被保佐人類型でも該当性を減じる可能性はあったとはいえ、警備員としての能力面での就労可能性の拡大は、被保佐人を欠格事由とする過剰性を拡大した可能性がある。
以上のような平成14年改正時における事情に鑑みると、本件規定の過剰性は、もはやそれを支える「立法事実」を見出すことや、それを正当化する事情を見出すことは、いずれも困難であった。
したがって、平成14年改正の施行をもって、本件規定は、「警備業務が他人の生命、身体、財産等の安全を守ることを内容とする業務であることに鑑み、警備業務の実施の適正化を図るとともに、依頼者及び第三者から警備員としての信頼を確保し得る者が警備業務に従事することを担保する」という重要な公共の利益のための必要性も合理性も失っており、立法府の合理的裁量の範囲を逸脱するものとなっており、違憲となっていたと考える。
2 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について
(1) 平成14年改正による個別審査規定の導入により、本件規定のうち警備業法3条7号、14条、規則3条1項と重なる部分以外は過剰となっていること、したがって、本件規定は、警備員の能力として必要な範囲では屋上屋を架すものであって必要性を欠き、必要でない範囲においては過剰で
あって合理性を欠くことは、これらの規定との対比により、文面上論理的にうかがい知ることができる状態であった。一律の制限の不当性は平成14年改正により見直された「精神病者」規定だけではなく本件規定についても同様に問題となるものであり、しかも、「精神病者」規定の見直しは本件規定の必要性・合理性を失わせるものであったにもかかわらず、平成14年改正に係る国会審議においても本件規定への考慮はみられず、本件規定の問題は等閑視されていた。
(2) しかし、それにもかかわらず、次のとおり、本件規定の違憲性がその段階で国会に明白となっていたということには躊躇を感じる。
すなわち、本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項の問題は、成年後見制度の課題として位置づけられ、障害者の法制度の課題とは別の流れで捉えられてきていたこと、ノーマライゼーションの理念は社会参加を中核として捉えられており、障害者制度の視点は主としては障害者の保護及び福祉にあったことから(確かに平成14年改正の国会審議においても欠格事由の多くが憲法13条及び14条、国連の様々な宣言や基本法の理念に反するという指摘があり、また、平成11年の整備法の国会審議においても選挙権については人権の観点からの議論もされていたものの)、平成14年改正時の状況として、成年被後見人等に係る欠格条項を憲法問題として基礎づける視点がなお希薄であったとみられる。また、平成14年改正を経た警備業法は、個別的な能力審査に関する規定が導入されたものの、十分な個別的な能力審査の手続は設けられておらず、直近の平成11年整備法における欠格条項の見直しの基準を当てはめた場合、本件規定は、なお存置すべきカテゴリーにとどまっていたということもできる。
(3) 成年被後見人等に係る欠格条項の問題と憲法問題との接合は、その後の展開を待つことになる。
その点から重視されるのは、第1に、障害者制度の視点の、保護及び福祉という社会政策・医療政策から人権への転換である。パラダイムシフトとも称されるこの転換は、障害者権利条約を契機として生じたものである。平成18年の障害者権利
条約の採択、平成19年の署名を経て、わが国では、その批准に向けてまず国内法を整備するという方針が採用され、平成23年7月の障害者基本法の改正(同年8月施行)は、障害者権利条約の趣旨に沿った障害者施策の推進のために、目的規定を改正し、「障害者の福祉の増進」といった文言を削除し、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されることを明定し、また、合理的配慮提供義務を明定した。これに沿った改正・立法が、平成24年4月の障害者総合支援法(平成25年4月施行)、平成25年6月の障害者差別解消法(平成28年4月施行)等に結実する。特に雇用関係は、障害者権利条約の批准に向けた国内法整備において重視された事項であり、平成25年6月の障害者雇用促進法の改正(同月施行)は、障害者基本法の改正に合わせた定義や目的規定の改正、差別禁止、合理的配慮提供義務等の規定を設けた。この段階において、特に精神上の障害を理由とする就労の制約は「差別的取扱い」であることが一般的に明らかになったといえる。こうして平成25年にはその準備のための国内法の整備を了したとして、平成26年1月に障害者権利条約が批准される。
第2に、成年後見制度の側でも、平成22年の成年後見制度研究会による報告書において、成年後見制度の類型が、主として財産の処分等に必要な判断能力に照らして決められていること、したがって、成年後見等が開始してもその余の能力が直ちに欠如しているとはいえないことが指摘され、そうして成年後見制度の利用促進のための運用施策という観点からとはいえ、改めて、欠格条項についての慎重な検討が説かれた。これは、視点こそ成年後見制度の利用促進の観点からであるものの、平成11年の整備法において明らかにされ、各種の法令中の欠格条項が欠格事由として別の制度の判断を借用すること及びその問題点を、家庭裁判所の判断の内容の側から明らかにしたものである。同報告書は、関係官庁及び裁判所の担当者の参加する準公的な研究会報告書であり、国会に届きやすいものであって、平成11年以来の、成年被後見人等に係る欠格条項の問題点を国会に思い起こさせるに十分なものであったといえる。
第3に、平成22年の横浜宣言は、成年後見制度の欠格事由と障害者の制度・施策とを接合させ、また、人権の保護の観点、憲法上の基本的人権の侵害という観点から欠格条項の問題を指摘し、その全廃を説いた。すなわち、成年後見制度が、その主たる対象とする高齢者だけではなく精神疾患、学習障害・学習能力障害、後天的脳障害を有する若年者にも関わること、成年後見制度が人権に関わるものであり、人権の保護の観点からその法制度整備が行われるべきことを打ち出し、障害者権利条約の指導原理と内容への賛意を表明し、日本の課題として、現行の成年後見制度の欠格事由を撤廃すべきであり、特に、成年被後見人の選挙権の剥奪に合理的根拠がなく、憲法上の基本的人権を著しく損なうものであって廃止すべきであると説いた。
そうして第4に、平成25年東京地裁判決(同年3月)において成年被後見人が選挙権を有しない旨を定めた公職選挙法の規定が違憲であるとされ、その後間もなく、同年5月に当該規定が削除された。これは、成年被後見人等に係る欠格条項について、憲法違反という点から光を当て、かつ、その対応として削除という立法措置を実現したものであって、国会において、成年被後見人等に係る欠格条項の中には憲法違反のものが含まれることを認識するとともに、違憲である規定を削除することにより是正を図ることを具現化するものであった。成年被後見人等に係る欠格条項に問題があることは、平成11年整備法の段階から国会自身がその継続的見直しを要請してきたことであったが、この公職選挙法の規定をめぐる動きを経て、欠格条項の中には憲法違反のものがあることを国会自身が認識し、是正したものである。
以上からすれば、障害者の制度についての人権という視点への転換と定着、成年被後見人等に係る欠格条項が別の制度の判断を借用すること及びその問題点の(再)強調、成年後見制度における人権の視点の強調、成年被後見人等に係る欠格条項の違憲性の指摘といった事情によって、国会が本件規定の違憲性を認識する障壁となっていた状況が取り払われ、遅くとも障害者差別解消法の制定及び障害者雇用促進法の改正がされた平成25年6月には、本件規定の違憲性は、国会にとって明白になっていたと考えられる。
(4) 仮に、本件規定の違憲性が国会にとって明白となった時期を平成25年6月頃とするならば、本件退職時点(平成29年3月)までは、4年弱という期間となる。この期間をもって、「国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠った」と評価できるのかという点については、確かに、絶対的な期間としては短期といわざるを得ない。
しかし、その懈怠が「長期」にわたるかどうかは、事柄の性質、経緯等に応じて決まるものである。本件規定については、それが、狭義の職業選択の自由及び平等という憲法上の権利を侵害するものであること、また、その是正措置は当該規定の削除をもって行うことができるものであることから、速やかな対応が要請され、またその実現も容易であって、それが期待されるものである。しかも、成年被後見人等に係る欠格条項全般に対する見直しは、ほかならぬ国会が平成11年から要請していたのであり、そもそもその問題意識が素地にあったこと、また、障害者権利条約の批准のための国内法整備を平成25年末までに完成させ、平成26年に同条約を批准するという政府及び国会のタイムスケジュールからすれば、明白に違憲である本件規定の削除は、それまでに完成させるべきものであり、加速的に対応が要請され、期待されるものであったといえる。さらに、本件規定は平成14年改正によって違憲となっていたこと、その違憲性が、平成14年改正段階において見過ごされていたという事情も考慮されよう。
多数意見は、本件規定の見直しには、成年被後見人等に係る欠格条項を設けている各種の制度の間の整合性に配慮する必要があることを指摘する。しかし、本件規定の違憲性は遅くとも平成25年6月には国会にとって明白になっていたことは前記(3)のとおりであり、違憲であることが明白であり、単純に削除することによって対応すべき規定について、他の多くの規定との調整を待つことは、必要性も相当性もない。現に、成年被後見人が選挙権を有しない旨の公職選挙法の規定について、そのような他の多くの欠格条項の検討や対応を待たずに、削除がされている。また、仮に、問題となる規定を単純に削除するだけではなく他の考慮を要するとしても、まず当該規定を削除し
た上で、より大きな観点から必要な検討をその後行うことは可能であり(嫡出でない子の相続分についての規定を速やかに削除した上で、相続法制の見直しへと進んだといった例が存在する。)、更なる検討や制度整備を要することは、速やかな削除による違憲是正を妨げる、あるいはそれをしないことを正当化する理由とはならない。
(5) 本件規定をめぐる状況の特徴は、本件規定が多くの欠格条項の中に埋もれていて、様々な動きの中で、本件規定を特定してその憲法上の問題点を公に指摘するものが見当たらなかったという点にあり、そのような状況にあって、違憲であることが国会にとって明白であったとか、是正の措置をとり得たとか評価ができるのか、という疑問を生じさせる点にあり、結局、この点は違憲であることの明白性の判断に帰着するものと思われる。
違憲の明白性は、国会議員(あるいは総体としての国会・立法府)の職務上の法的義務を立法府の立法行為について具体化する要件を構成し、また、それは立法府が対応する立法措置をとることを要請される起点を形成するものであるから、違憲の明白性は、もはや規範的な判断を指すものであって、現実の認識を問題とするのではなく、合理的に考えて、規定の内容、性質、その理解を取り巻く客観的状況、経緯等から、立法府として違憲であることを認識することを当然に期待できる状況であったこと、換言すれば、認識すべきであったといえる状況であって、また、立法措置をとることが当然に期待される状況にあることを指すと解される。
この観点から見ると、本件規定は、精神上の障害を有する被保佐人という少数者について、狭義の職業選択の自由という生活及び自己実現に関わる憲法上の権利を制限するものである。障害者の職業の問題が重要であり、障害者権利条約の批准に向けた整備及び障害者施策において、特に考慮を払うことが期待される事項・分野であることは、障害者権利条約の批准に向けた国内法の準備における状況から、立法府の認識・理解するところであったといえる。本件規定の問題はまさにその分野に関するものであり、国会が立法で禁止した「差別的取扱い」に該当するものであった。
p.186 / 5
読み込み中...
テキスト領域
選択中
非公開 (PII)